医療現場で英語を使うときに最も難しいのは、語彙でも文法でもなく文化的な前提です。
日本の医療慣習をそのまま英語にすると、患者を不快にさせたり医療紛争につながったりします。
本記事では、日本人医療従事者が英語対応するときに陥りやすい文化差を5つ取り上げ、その背景と現場で使える表現を解説します。
この記事のもくじ
文化差1|「とりあえず病院」の感覚は通じない

日本では風邪程度でも医療機関を受診する文化がありますが、欧米では家庭医(GP)が一次窓口で、病院(hospital)は重症患者の場所という強い区別があります。
英国NHSの公式ガイダンスでも、緊急性に応じた受診先選びが明確に整理されています。
外国人患者が “I just have a small cold” と言いながら救急外来に来た場合、
患者本人は「気軽な相談」のつもりでも、医療側はトリアージの観点から重症度を測る必要があります。
逆に、日本人医療者が英語で“You should go to the hospital” と言うと、
患者は「重症だと判断された」と受け取り過剰に不安になります。
「家庭医を訪ねたほうがいい」と伝えるなら“You may want to see a GP / family doctor” が適切です。
文化差2|痛みの表現スケール
痛みの伝え方は文化によって大きく異なります。欧米では数値スケール(NRS:0-10)が主流で、感情表現を加えながら強さを伝えるスタイルです。
- “On a scale of 0 to 10, how would you rate your pain?”
- “It’s a sharp / dull / throbbing / burning pain”
- “It comes and goes” (波がある)
日本のように「痛みを我慢するのが美徳」という価値観は通用しません。
むしろ「痛みを正確に伝えること」が患者の責任とみなされます。
看護師のAyumiさんも、レッスンで「ちくっとします」を英語でどう伝えるかという疑問から議論が広がったエピソードを語っています。
文化差3|家族の同席と意思決定
日本では家族同席で治療方針を決めるのが一般的ですが、欧米では本人の意思が最優先です。家族が一緒に来ても、説明は本人に向けて行い、治療同意も本人が単独で行うことを基本とします。
一方、東南アジア・中東・南米では家族の関与が日本以上に強い文化もあります。「誰に説明すべきか」を最初に確認するのが安全策です。
- “Who would you like me to explain the treatment plan to?”
- “Is it okay to discuss your condition with your family present?”
文化差4|宗教と食事・処置の制約
イスラム教徒・ユダヤ教徒・ヒンドゥー教徒・敬虔なキリスト教徒など、宗教的制約のある患者への対応は配慮が必要です。
- イスラム教徒: ハラル食、断食月(ラマダン)の薬剤調整、女性患者は女性医療者を希望することがある
- ユダヤ教徒: コーシャ食、安息日の処置タイミング
- ヒンドゥー教徒: ベジタリアン食、牛由来製剤への配慮
- エホバの証人: 輸血拒否
「あなたの宗教的・文化的な配慮事項はありますか?」を直接聞くのが最も確実です。“Are there any religious or cultural considerations we should be aware of for your care?” という1文で多くの誤解を防げます。アシスタントナースみささんの体験談でも、
多文化対応のリアルが語られています。
文化差5|直接的なコミュニケーションへの期待
日本の医療現場では「察する」「ぼかす」「曖昧に伝える」が美徳とされる場面がありますが、英語圏の患者は明確な情報を求めます。
- 診断名: 確定 vs 暫定をはっきり分ける(”This is a confirmed diagnosis” vs “We’re investigating the possibility of…”)
- 予後: 数字を出して伝える(”5-year survival rate is approximately 70%”)
- 選択肢: メリット・デメリットを並列で示す
- 不確実性: 「分からない」を率直に認める(”We don’t know yet, but we’ll run more tests”)
「曖昧表現で患者を安心させる」のは英語圏では信頼を失う行為です。誠実さは情報の透明性で示します。
通訳が入る場面で守るべき3つのルール
医療通訳が同席する場面では、英語が話せない側の日本人医療者にも守るべき作法があります。
- 通訳ではなく患者の目を見て話す: 「通訳に伝える」のではなく「患者に話す」。視線が通訳に向くと患者は疎外感を抱く
- 専門用語を使わない・短く区切る: 通訳が正確に訳せる単位で話す。3〜4文ごとに区切る
- 専門領域の固有名詞は事前にメモを渡す: 薬剤名・術式名・診断名は通訳でも訳しにくい。漢字とアルファベット併記のメモを渡すと精度が上がる
過去に文化差で起きた医療トラブルの典型パターン
世界保健機関(WHO)や各国医療機関のレポートで指摘される「文化差由来の医療トラブル」を一般化すると、以下のパターンが繰り返し起こっています。
- パターン1: 同意取得の認識ズレ — 患者は「家族に確認してから」のつもりが、医療者は「同意した」と解釈
- パターン2: 痛みの過小評価 — 「我慢する文化」の患者の訴えを軽く受け取り、症状悪化を見逃す
- パターン3: 食事・服薬の宗教的禁忌 — 動物由来成分・アルコールを含む薬剤を確認せず投与
- パターン4: 退院時期の認識違い — 「明日退院」を「明日には帰れる」と解釈し、退院手続きに来ない
こうした典型パターンは、出発前に頭に入れておくだけで現場での回避率が大きく上がります。具体的な準備フレーズはインフォームドコンセントの医療英語と合わせて確認してください。
文化差を学ぶ最も効率的な方法は「現地経験者から聞くこと」
文化差はテキストで読むより、実際に現地で働いた人から聞く方が腹落ちします。
HLCAの海外赴任帯同看護師やニュージーランドナースになったみえこさんの体験談では、現地の医療文化との衝突と適応のリアルが語られています。
海外で医療職として働きたい方は看護師の海外インターン完全ガイドや発展途上国で医療職として働く方法も併せてご覧ください。
HLCAの講師は全員フィリピンの医療職経験者で、米国・オーストラリア・中東で働いた経験を持つ講師もいます。
レッスンで「日本だとこういう場面はどうしますか?」と聞くだけで、文化差を立体的に学べます。
まとめ|文化差の知識は患者安全の一部
医療英語の文化差は「教養」ではなく患者安全の構成要素です。誤解された治療方針・宗教を踏みにじった処置は、患者にとって医療事故に近い経験になります。
本記事の5つの文化差を頭に入れたうえで、
現場で「分からない時は聞く」というシンプルなルールを徹底すれば、ほとんどのトラブルは防げます。病院での外国人患者対応フレーズ集、JMIP認証制度の解説、医療英語が必要になる10のシーンと合わせて、現場で使える表現と制度面の知識を準備してください。
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