IELTSで7.0を取った。OETでBグレードを取った。しかし、オーストラリアの病院に初日出勤したとたん、カルテに書かれた略語が読めない、ハンドオーバーのスピードについていけない、同僚のオーストラリア英語が聞き取れない——こうした壁にぶつかるIMG(International Medical Graduate)は少なくありません。
試験英語と現場の英語は別物です。この記事では、オーストラリアの臨床現場で日本人医師がつまずきやすい豪州特有の医療英語・略語・カルテ文化・カンファレンス英語・患者コミュニケーション文化を網羅的に解説します(2026年3月時点の情報に基づきます)。
この記事の概要
- IELTSやOETだけでは足りない「現場の英語」の実態
- オーストラリア英語の特徴(発音・スラング・速さ)
- 医療現場の略語一覧(BGL, NAD, NKDA, Mx, Hx, Dx, Rx 等)
- カルテの書き方(SOAPノート・オーストラリア式の記載慣行)
- 多職種カンファレンスでの英語(ハンドオーバー・MET call・Grand round)
- 患者コミュニケーション文化の違い
この記事のもくじ
IELTSやOETだけでは足りない「現場の英語」
IELTS 7.0やOET Bグレードは、AHPRAの医師登録に必要な最低ラインです。しかし、試験英語はあくまで標準化された環境でのパフォーマンスを測るものであり、臨床現場の英語とは以下の点で大きく異なります。
- スピード:試験のリスニングはクリアな発音・適度な速度。現場のハンドオーバーは早口で略語だらけ
- 略語・ジャーゴン:試験では略語は文脈で判断できる。現場では口頭でも略語が飛び交う
- アクセント:試験は標準的な英語。現場はオーストラリア英語+多国籍の同僚の多様なアクセント
- 文化的ニュアンス:試験では問われない、患者との関係性の築き方・ユーモアの使い方・共感の示し方
AMC試験の医療英語対策についてはAMC試験の医療英語対策ガイドで詳しく解説しています。
オーストラリア英語の特徴
オーストラリア英語には、アメリカ英語やイギリス英語とは異なる独自の特徴があります。臨床現場でも、患者や同僚の英語にこれらの特徴が現れます。
発音の特徴
- “a” の音が “ai” に近くなる:“today” が “to-dai”、”mate” が “mait” に聞こえる
- 語尾の上げ(Australian Question Intonation):陳述文でも語尾が上がるため、質問に聞こえることがある
- 母音の短縮・省略:“hospital” が “hospidl”、”temperature” が “temprachur” のように聞こえる
- R音の脱落(non-rhotic):イギリス英語と同様、語末の “r” を発音しない
日常会話のスラング(臨床で遭遇するもの)
- “arvo” = afternoon(午後)。”I’ll come back this arvo” は「午後にまた来ます」
- “reckon” = think(思う)。”I reckon it’s getting worse” は「悪くなってると思う」
- “no worries” = no problem(大丈夫)。患者が頻繁に使う
- “she’ll be right” = it will be fine(大丈夫でしょう)。患者が症状を軽視する際に使うことがある——臨床的には注意が必要
- “feeling crook” = feeling sick(体調が悪い)
- “flat out” = very busy(非常に忙しい)。同僚が使う
速さへの対処法
オーストラリア英語は全般的にスピードが速く、特に同僚医師やナースとの会話では省略表現が多用されます。慣れるまでは“Sorry, could you repeat that?” や “Could you spell that for me?” を躊躇なく使いましょう。これは恥ずかしいことではなく、患者安全のための重要なコミュニケーション行為です。
医療現場の略語一覧
オーストラリアの病院では、カルテ・口頭のハンドオーバー・オーダーシートで大量の略語が使われます。以下は特に頻出する略語です。
| 略語 | 正式名称 | 日本語 |
|---|---|---|
| Hx | History | 病歴 |
| Dx | Diagnosis | 診断 |
| Rx | Treatment / Prescription | 治療・処方 |
| Mx | Management | 管理・マネジメント |
| Ix | Investigations | 検査 |
| Cx | Complications | 合併症 |
| Sx | Symptoms | 症状 |
| BGL | Blood Glucose Level | 血糖値 |
| NAD | No Abnormality Detected | 異常なし |
| NKDA | No Known Drug Allergies | 既知の薬物アレルギーなし |
| NBM | Nil By Mouth | 絶飲食 |
| PRN | Pro Re Nata (As Needed) | 頓服・必要時 |
| BD / BID | Bis Die (Twice Daily) | 1日2回 |
| TDS | Ter Die Sumendus (Three Times Daily) | 1日3回 |
| QID | Quater In Die (Four Times Daily) | 1日4回 |
| NOF | Neck of Femur (Fracture) | 大腿骨頸部(骨折) |
| SOB | Shortness of Breath | 息切れ |
| ROS | Review of Systems | 系統的レビュー |
| OE | On Examination | 身体所見 |
| D/C | Discharge | 退院 |
注意:略語の使用は州・病院によって異なります。入職時に各病院の「Approved Abbreviations List」を必ず確認してください。安全上の理由から、使用が禁止されている略語もあります(例:”U” の代わりに “units” と書く)。
カルテの書き方:SOAPノートとオーストラリア式の慣行
オーストラリアのカルテ記載はSOAP形式が標準的ですが、日本のカルテとは異なるスタイルや慣行があります。
SOAP形式の基本
- S(Subjective):患者の主訴・自覚症状を患者の言葉で記載。”Pt reports chest pain since this morning, radiating to left arm”
- O(Objective):バイタルサイン・身体所見・検査結果。”BP 145/90, HR 88, RR 18. Chest: NAD. ECG: NSR”
- A(Assessment):鑑別診断・臨床判断。”Impression: ACS vs MSK pain. DDx includes PE”
- P(Plan):治療方針・検査計画。”Serial troponins q6h, CXR, cardiology review if troponin positive”
オーストラリア式の記載慣行
- 簡潔さ:日本のカルテより簡潔。箇条書きが好まれる
- 署名:すべてのエントリーに日時・署名・IME番号(Intern/Medical officer Endorsement Number)を記載
- 電子カルテ:多くの病院がCerner, iPharmacy, MedChart等の電子カルテシステムを使用
- 問題リスト(Problem List):入院患者には問題リストを作成し、各問題ごとにSOAPを記載する形式が一般的
- アレルギーバンド:NKDAでも必ず確認し記載する(”NKDA confirmed with patient”)
多職種カンファレンスでの英語
オーストラリアの病院では、以下のような多職種コミュニケーションが日常的に行われます。それぞれで求められる英語のスタイルが異なります。
ハンドオーバー(Clinical Handover)
シフト交代時に患者情報を引き継ぐ重要なプロセスです。オーストラリアではISBAR(Introduction, Situation, Background, Assessment, Recommendation)フレームワークが広く使われています。
ISBARの例:
- I(Introduction):“Hi, I’m Dr Tanaka, the night registrar for General Medicine”
- S(Situation):“I’m handing over Mr Smith in bed 12, who was admitted with community-acquired pneumonia”
- B(Background):“He’s 72, NKDA, on metformin for type 2 diabetes. Had a fall last month”
- A(Assessment):“He’s improving on IV antibiotics, BGL stable, afebrile since this afternoon”
- R(Recommendation):“Please continue IV ceftriaxone, monitor BGLs QID, and consider step-down to orals if remains afebrile overnight”
MET Call(Medical Emergency Team Call)
患者の状態が急変した際に発動される緊急コールです。簡潔かつ正確な英語で状況を伝える必要があります。
- “MET call, Ward 3B, bed 14. Patient is hypotensive, BP 80/50, HR 120, altered consciousness”
- MET callに参加する際は、質問されたことに簡潔に答え、不要な情報を入れない
- チームリーダーの指示を復唱(closed-loop communication)する
Grand Round
症例検討会・教育セッションです。プレゼンテーション形式が多く、質疑応答では専門的な議論が英語で展開されます。
- 症例プレゼンの構造:”I’d like to present a case of…” → History → Examination → Investigations → Differential → Management → Discussion points
- 質問への対応:”That’s a great question. The evidence suggests…” / “I’m not sure, but I’ll look into it and get back to you”
Ward Round(回診)
コンサルタント(上級医)が主導する病棟回診です。研修医・看護師・薬剤師等が同行し、各患者について議論します。
- 患者プレゼン:”This is Mr Jones, day 3 post-op right hemicolectomy for caecal carcinoma. He’s mobilising well, eating and drinking, BGLs stable”
- 上級医の質問に対して、Subjective → Objective → Planの順で簡潔に答える
患者とのコミュニケーション文化の違い
オーストラリアの医療現場は、日本とは異なるコミュニケーション文化があります。
ファーストネーム文化
オーストラリアでは、患者も同僚もファーストネーム(名前)で呼ぶのが一般的です。”Mr Smith” ではなく “John” と呼びかけることが多く、患者からも “Doc” や “Dr [ファーストネーム]” と呼ばれます。日本のような敬称文化に慣れている医師は最初に戸惑うかもしれませんが、これはオーストラリアのフラットな文化を反映しています。
オーストラリアの医療では、患者を治療の意思決定に積極的に参加させることが強く期待されています。医師が一方的に治療方針を決めるパターナリスティックなアプローチは好まれません。
- “There are a few options we can consider. Let me explain each one and we can decide together what works best for you”
- “What are your thoughts on this?” / “How does that sound to you?”
- 患者の価値観・ライフスタイル・希望を治療計画に反映させる
ユーモアとカジュアルさ
オーストラリアの患者は、深刻な場面でもユーモアを交えて話すことがあります。これは不真面目なのではなく、緊張を和らげるための文化的な対処法です。”She’ll be right, doc” と言われたら、共感しつつも臨床的に必要な説明は怠らないようにしましょう。
先住民の患者とのコミュニケーション
Aboriginal and Torres Strait Islander patientsとのコミュニケーションでは、以下の配慮が求められます。
- 直接的なアイコンタクトが不快に感じられる場合がある
- 沈黙は考えている時間であり、急かさない
- 家族やエルダー(長老)がケアの意思決定に関わることがある
- Cultural Safety(文化的安全性)のトレーニングを受けることが推奨される
PESCI面接でも問われる臨床英語力
この記事で紹介したスキル——問診・カルテ記載・ハンドオーバー・患者コミュニケーション——は、PESCI面接でも直接評価される領域です。PESCIの臨床シナリオでは、まさにこれらの臨床英語力が試されます。
OETの対策についてはOET試験の勉強法をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q: オーストラリア英語の聞き取りに慣れるにはどうすればいいですか?
A: オーストラリアのニュース(ABC News Australia)、医療系ポッドキャスト、医療ドラマ(Harrow等のオーストラリア作品)を日常的に視聴することが効果的です。また、オーストラリア人の英語話者との会話練習を定期的に行い、アクセントに耳を慣らしましょう。最初は聞き取れなくて当然です。
Q: カルテの略語を効率的に覚える方法はありますか?
A: オーストラリアの医療現場向けの略語集として「A Guide to Australian Healthcare Acronyms and Abbreviations(AHAA)」という参考書があります。また、入職時に各病院の「Approved Abbreviations List」が配布されるので、それをポケットカードにして最初の1ヶ月は常に携帯することをお勧めします。
Q: ハンドオーバーでうまく伝えられないときはどうすればいいですか?
A: ISBARのフレームワークに沿ってメモを事前に作り、それを見ながら話すことから始めてください。最初から暗記で伝えようとする必要はありません。経験を積めば自然にスムーズになります。また、不明点は必ず確認する(”Just to clarify…”)ことが、患者安全の観点から推奨されています。
まとめ:IELTSの先にある「臨床で通用する英語」をHLCAで
オーストラリアの臨床現場では、試験英語とは異なる「現場の英語」が必要です。
- 略語だらけのカルテを読み書きする力
- ISBARでのハンドオーバーを英語でこなす力
- MET callで簡潔・正確に情報を伝える力
- 多文化の患者にShared Decision Makingで対応する力
- オーストラリア英語のアクセントやスラングへの慣れ
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HLCAは、セブ島を拠点とした医療英語専門の語学学校です。医師・看護師をはじめとする医療従事者向けに、臨床現場で通用する英語力を短期集中で身につける留学プログラムを提供しています。
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監修:海仲 由美(Yumi Uminaka)
HLCA代表/医療英語教育者・カリキュラム開発責任者
医師・看護師・薬剤師など医療従事者向け医療英語教育を専門とし、これまでに延べ3,000名以上の医療従事者への指導・研修を実施。
医療現場で実際に使われる英語表現・患者対応・多職種連携に特化したカリキュラム設計を強みとし、病院・クリニック向け教育プログラムや医療英語教材の開発・監修を多数手がける。
本メディアでは、現場視点と教育専門性の両面から、実践的かつ正確な医療英語情報の監修を行っている。




